病原体の特徴
鼻疽菌、類鼻疽菌、いずれも生物兵器への応用を目的に研究が行われた過去があり、米国CDCはバイオテロ目的で使用される可能性が高い菌として、この2つの菌をカテゴリーBに分類している。
鼻疽菌、類鼻疽菌ともに東南アジア、アフリカ、中東地域などの熱帯・亜熱帯地域に分布しており、自然感染の例がこれらの地域において散発的に発生している。
鼻疽菌、類鼻疽菌、いずれも感染症法にて4類感染症に分類されており、診断後直ちに最寄りの保健所に届出を行う義務がある。
鼻疽
鼻疽は鼻疽菌 (Burkholderia mallei) が感染することによって起こる人獣共通感染症である。本菌はグラム陰性の好気性桿菌で、鞭毛をもたず運動性はない。本菌の発育は緩徐で、41℃では発育するが、25℃以下では発育しづらい。本菌はおもに馬やロバに感染するが、ときにヒトにも感染する。
類鼻疽
類鼻疽は類鼻疽菌 (Burkholderia pseudomallei)によって起こる人獣共通感染症である。本菌はWhitmore菌とも呼ばれ、好気性菌のグラム陰性桿菌で、鞭毛を有し運動性を示す。土壌や池の水など環境中から類鼻疽菌が分離されることがあり、実際に土や水の中で数年間生存可能と言われている。
主な臨床像
鼻疽
本疾患は致死的な感染から数年に渡る潜伏感染まで幅広い感染を引き起こす。鼻疽の急性感染例では1~14日間の潜伏期を経て発症する。典型例における局所症状は創部感染と潰瘍、膿瘍を伴うリンパ節炎、鼻粘膜などの潰瘍、多関節炎、肺炎、肺膿瘍および結節性膿瘍などである。壊死性の皮膚の発疹が全身感染の際に認められると言われている。また慢性化膿性感染のタイプでは、多発性の皮下、筋肉、および内臓の膿瘍を伴う。
バイオテロとして鼻疽菌が噴霧された場合、2週間以内の潜伏期を経て発病する可能性がある。肺型の場合、急激な肺炎症状を訴える症例が同時期に多発する可能性があり、敗血症型の感染を起こすと、高熱、悪寒、ショックなどの症状を伴い、多臓器不全に陥るなど重症感染症例が同時期に集中して認められる。
類鼻疽
自然感染における類鼻疽は、急性・慢性,局所性・全身性、さらに顕性・不顕性の広い範囲の感染形態から成り立っている。なお類鼻疽は菌血症・急性敗血症型、肺型、局所型、および不顕性型の4種類の病型に分けられる。
類鼻疽の各病型
- 菌血症型または急性敗血症型
- 経過:急激に全身感染状態となる
- 主な症状:発熱,悪寒,ショック
- 予後:不良(致死率は高い)
- 肺型
- 経過:急激な発症
- 主な症状:発熱,咳嗽、喀痰、血痰
- 予後:適切な治療を受ければ良好
- 局所型
- 経過:緩徐
- 主な症状:局所の腫脹,その他
- 予後:適切な治療を受ければ良好
- 不顕性型
- 血清学的診断によって判定
- 浸淫地域では1~3%程度に陽性
菌血症型または急性敗血症型
5~10日間の潜伏期の後、急性の全身感染を引き起こす。いったん発症すると、発熱、悪寒とともにショック状態に陥りやすい。局所所見を認めることは少ないが、時に胸痛、皮膚膿瘍、リンパ節腫脹、などの所見を呈する。本病型の予後は悪く、致死率は高い。たとえ抗菌薬の投与を受けた場合でも病状の改善を認めない症例も多いと言われている。
肺型
類鼻疽の中ではこの病型が占める割合が高い。急性期の呼吸器感染を起こすと気管支炎、肺炎を発症する。数週間の潜伏期の後、発熱、咳嗽、喀痰、血痰、などの症状が出現する。胸部X線にて空洞を伴う陰影が認められることが多い。
局所型
類鼻疽では諸臓器に小膿瘍を形成し、多様な症状を示す。 局所病変としては感染局所に結節、リンパ管炎、リンパ節炎を起こす。この膿瘍は経過が緩徐であり、結核性の膿瘍などとの鑑別が困難な場合が多く、切除後に初めて診断がなされる場合もある。慢性期の病変は皮膚、膿、肺、心筋、肝、脾、前立腺、骨、関節、リンパ節、目などさまざまな部位に膿瘍が認められる。
不顕性型
ヒトの類鼻疽では無症候の状態でときに数年間もの間、慢性の感染を引き起こすことがある。慢性感染においては数年間経過した後で再発する例があり、免疫能の低下が発症の誘因になると考えられている。感染防御能が低下しているような症例が本菌に感染すると重篤な経過を取ることが多い。なお本疾患のタイ、ベトナム、マレーシアの浸淫地域における疫学的調査では、対象住民の1~3%(一部には6~8%)が抗体陽性であったと報告されている。
臨床検査所見
血液生化学検査
鼻疽、類鼻疽ともに血算では軽度から中等度の白血球数増加を認め、核の左方移動を伴う。本疾患に特徴的な生化学的所見は認めない。
画像検査その他
鼻疽、類鼻疽ともに胸部X線にて両側性の気管支肺炎、粟粒性の結節、区域性あるいは肺葉性の浸潤影、空洞性の変化などさまざまな所見が認められる。また胸水貯留を伴う場合もある。腹部超音波検査やCTでは、深部膿瘍を認める。なお類鼻疽ではときに無症候性の肺感染が、胸部X線の陰影をきっかけとして発見される例がある。
確定診断
国立感染症研究所のウェブサイトにて病原体マニュアルが公開されている。
検体の採取、輸送、保存など
確定診断は培養による菌の分離・同定によって行われる。検体としては血液、喀痰および膿分泌物(穿刺検体、その他)などを用いる。
血清学的診断法を目的として血清を採取するが、鼻疽と類鼻疽では交叉反応の可能性が指摘されており、鑑別が困難な場合がある。
鼻疽菌B. malleiと類鼻疽菌B. pseudomalleiは土壌や水田で生息する細菌で、低栄養状態でも長期間生存し、乾燥にも強い。液体培地では Burkholderia属の他の細菌は液体培地や固形培地で数日で急速に増殖して自己融解し、死滅するが、この菌は数週間でも培地から盛り上がって増殖を続ける。特に類鼻疽菌の増殖力は強い。人の感染症の場合、皮膚膿瘍、骨髄、血液、肺炎の洗浄液などが材料となるが、特別な選択培地は開発されていない。
普通寒天、Brain Heart infusion寒天培地、血液培地いずれでも良好に発育する。肺炎の患者の喀痰から選択分離する培地は開発されていない。採取した材料は好気条件で室温、低温のいずれでも輸送してもかまわない。典型的な皺のよった集落は 血液寒天でも観察できる場合があるが、10%グリセロールがはいった Brain Heart infusion培地に接種すれば(図1)2-3日で特色のある集落にかわる。一方、 B. malleiの発育は遅く、小さな平滑な集落を作る。他の Burkholderia属の菌種と集落の特徴的な差異は見られない。
B. pseudomalleiを土壌から分離するには古くから Ashdownの選択培地が使用されている。
- 蒸留水:475 ml
- 寒天(No.2、Oxoid):5 g
- 加温したグリセロール:20 ml
- 0.1% クリスタルバイオレット:2.5 ml
- 1.0%ニュートラルレッド:2.5 ml
滅菌後、56℃に保ちゲンタマイシン(1mg/ml)を2.5 ml加え、平板を作成する。作成後、4℃保存、一週間は使用できる。この低栄養培地で3〜4日で小さな粘性のある集落を作る。培地上では B. pseudomalleiは透明の集落の中心に赤い色が見える特色のある集落を形成する(図2)。喀痰からの選択分離と確認に利用できる可能性があるが、臨床応用した報告はない。
なお2003年7月に米国ロサンゼルス地域の臨床検査室において,臨床検体よりB. pseudomalleiが分離され、検査室内感染の精査が行われた結果が報告されている。幸い、曝露された可能性のある検査技師17名に対してST合剤などの予防的抗菌薬投与が行われ、最終的に感染症発症例は認めなかった。ただし培養シャーレをあけて臭いをかいだり、細菌のエアロゾルを発生するような作業は危険であるため、可能性のある病原体と知らず曝露された可能性が考えられる場合には,抗菌薬による予防を考慮する必要がある。
細菌学的検査法
B. malleiとB. pseudomalleiは90%以上のDNAの類似度があり、分類学的に同一種である。しかし B. malleiは鼻疽 (Glander)をB. pseudomallei は類鼻疽(Melioidosis)と異なった病態を引き起こすことから、古くから独立した別の菌種として信じられてきた。両菌種ともゲノム解析が終了し、B. malleiはB. pseudomalleiが保持している多くの遺伝子が脱落し、高度に家畜に寄生し進化してきたことが証明された。
B. malleiは運動性が無く、 B. pseudomalleiは鞭毛を発現し運動性がある。 B. mallei はB. pseudomalleiと同じ配列の鞭毛遺伝子を保有するが、鞭毛を発現していない。B. pseudomalleiは通常は亜熱帯から熱帯地方の土壌、水を中心に地球上に幅広く分布しているが、 B. malleiは高度に動物に寄生し、進化の途中で運動性を失ったと推測される。遺伝学的に同一種であるにも係わらず、菌の集落、発育パターンは大きく異なる。特徴的な集落と グラム陰性非発酵桿菌である B. cepaciaに近い特徴を持っているので生化学的には容易に同定できる。但しタイの土壌からみつかった B. thailandensisは生化学的性状が類似し、長年、病原性のない Arabinose分解の B. pseudomallei として報告されてきたが、独立した菌種として報告されるようになった。 鑑別が必要なのは B. cepacia, B. thailandensis, B. vietnamensisなどの類縁菌である。生化学的性状での鑑別点は表1に示した。
Melioidosisの治療では結核と同じく初期の集中療法に失敗すると感染が持続し治癒が困難になるので菌の正確な同定が必要になる。
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遺伝子を使った検出と同定
16S rDNA配列を決定するか下記の特異 Primerで PCR法を行うのが同定としては容易である。
Forward:5′-TAATACCGCATACGATCTGAGGA-3′
Reverse:5′-CACTCCGGGTATTAGCCAGAATG-3′
Anealing温度: 60C, Amplicon: 308 bpこの primerでは、B. malleiとB. pseudomalleiが増幅し、B. thailandensisのDNAは増幅しない。
治療
薬物療法(抗菌薬療法)
鼻疽
ただし鼻疽は患者の数が少なく、抗菌薬の有効性に対する臨床的な評価は定まっていない。分離菌の薬剤感受性の結果をもとに,テトラサイクリン、ST合剤が有効とされている。微量液体希釈法を用いた鼻疽菌のMIC測定の結果、セフタジジム、イミペネム、シプロフロキサシン、およびゲンタマイシンが良好な効果を示し、中でもゲンタマイシンのMIC90は0.5 μg/mlと最も有効であったと報告されている。
重症例においてはアミノグリコシドとST合剤の併用が推奨されている。中等症例ではST合剤あるいはテトラサイクリンを用いる。治療の期間は3週間を目安として、臨床経過をもとにさらに期間を延長する。
類鼻疽
急性感染の場合、セフタジジム、アモキシシリン/クラブラン酸、メロペネム、あるいはイミペネムの点滴静注が行われる。治療は10~14日間継続する.急性期の治療に引き続いて、ST合剤、ドキシサイクリンによる併用療法を行う。
その他治療上の留意点
鼻疽
鼻疽は治療が遅れると致命的な状態になる場合があり、早期の抗菌薬投与が必要である。
類鼻疽
類鼻疽の再発予防は、上記のようにST合剤とドキシサイクリンを併用して12~20週間程度継続する。20週間程度の併用療法により,類鼻疽の再発は10%以下に抑えられるという報告がある。
予防(ワクチン)
利用可能なワクチンはない。
バイオハザード対策
文献的にはヒトからヒトへの直接の感染は起こりにくいという記述もあるが、実際に起こった例もあるため患者の隔離についても考慮する。さらに皮膚に病巣がある場合は分泌物中の菌に触れて他者に伝播する可能性もあり、喀痰や分泌物が付着した物品についてはオートクレーブにて処理をする。本菌に汚染された物品の表面の消毒には0.5〜1%の次亜塩素酸ナトリウムや70% エタノールなどが用いられる。熱に対しては、鼻疽菌は55℃、10分間の加熱で死滅する。なお病原体を含む検体や菌の取り扱いは、実験室内で感染した例もあるので注意が必要である。
わが国では、平成19年4月から感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 (平成10年法律第114号)及び感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施 行令(平成10年政令第420号)において類鼻疽を4類感染症に位置づけ、類鼻疽の患者を診 断した医師は、都道府県知事等に対して直ちに届け出ることを義務づけている。
日本では、これまで海外渡航歴のある患者による輸入感染症例として19例が報告されているが、先般、米国において家庭用淡水水槽を介した類鼻疽症例が報告され、注意喚起がなされた (別添 2)。日本においても東南アジアからの観賞魚が多数輸入されており、同様に輸入された淡 水熱帯魚等を介して類鼻疽症例が発生するおそれもある。(14)
また、米国疾病予防管理センター(CDC)は、2021年3月から7月までの間にアロマスプレ ーに起因する類鼻疽症例が4例発生(2名が死亡)したと発表した(別添3)。これま での調査では、当該アロマスプレーは試験的に製造されたもので米国内でのみ限定的に流通 していたということだが、本事例はこうした製品が類鼻疽の発生要因になり得ることを示し ている.
※病原体の検査等に関する問い合わせ先
国立感染症研究所村山庁舎 細菌第二部 担当:堀野敦子、森茂太郎 電話番号:042-561-0771
参考文献
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- 厚生労働省健康局結核感染症課 通知 2021.12.27