詳細ー消化管感染症

病原体の特徴

バイオテロに使用される消化管感染症の病原体は、細菌、ウイルス、寄生虫が考えられる。

細菌ではグラム陰性の腸内細菌に属する様々な細菌がその候補になり、なかでも非チフス性サルモネラ(Salmonella spp.)、カンピロバクター(Campylobacter jejuni, C. coli)、腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)、腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli: EHEC)、腸管病原性大腸菌(enteropathogenic Escherichia coli: EPEC)、腸管毒素原性大腸菌(enterotoxigenic Escherichia coli: ETEC)、腸管侵入性大腸菌(enteroinvasive Escherichia coli: EIEC)、セレウス菌(Bacillus cereus)、エルシニア(Yersinia enterocolitica)、赤痢菌(Shigella sp.)、腸チフス菌(Salmonella Typhi)、パラチフスA菌(Salmonella Paratyphi A)、コレラ菌(Vibrio cholerae O1V. cholerae O139)、プレジオモナス(Plesiomonas shigelloides)、エロモナス(Aeromonas hydrophila, A. sobria)が使用され得ると考えられる。また、ウエルシュ菌(Clostridium perfringens)のエンテロトキシンや黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)のエンテロトキシンなど細菌が産生する毒素も有力なバイオテロ候補である。特に発症した場合に重症になり得ることと感染に必要な菌量が少なくてすむことから赤痢菌やEHECが、また発症した際にやはり重症になり得ることからチフス菌、パラチフスA菌、コレラ菌(古典型)が細菌では使用される可能性が高いと考えられる。

ウイルスではノロウイルスとロタウイルス、寄生虫では単細胞動物の原虫であるランブル鞭毛虫(Giardia lamblia)、サイクロスポーラ(Cyclospora cayetanensis)、クリプトスポリジウム(Cryptosporidium parvum)、赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)が使用される可能性の高い病原体である。

Centers for Disease Control and Prevention(CDC)は、バイオテロの脅威をA、B、Cの3つのカテゴリ−に分類している。消化管感染症では、非チフス性サルモネラ、腸チフス・パラチフスA菌、赤痢菌、腸管出血性大腸菌、コレラ菌、クリプトスポリジウムといった病原体や、ウエルシュ菌のエンテロトキシンや黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンがカテゴリ−Bとされている。これらカテゴリ−Bに分類されているものは、播種性と罹患率はさほど高くなく、死亡率も低いが診断能力を確実に強化していく必要がある。

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主な臨床像

細菌やウイルスは塩素に感受性があり、河川や貯水池を汚染させても、塩素消毒がされている水道水への効果は低く、バイオテロとしては食品や食材への混入が最も考えられる。一方、クリプトスポリジウムは塩素抵抗性であるため、河川や貯水池の汚染が懸念される。

バイオテロによって発生した消化管感染症では、地域、職場、催し物参加者などの同一の集団で患者が発生すると思われる。バイオテロによるものであってもなくても、消化管感染症の主症状は下痢(チフス菌・パラチフス菌によるものでは下痢はみられず、高熱を主症状とするものが多い)で、便性は軟便程度のものから激しい水様便まで様々である。排便回数は1日2回程度から回数が多く測定が不可能な例まである。病原体によっては新鮮な水様血便や膿粘血便などの血便もたびたびみられ、その程度も様々である。その他に腹痛、悪心、嘔吐、発熱がみられるが、下痢同様にそれらの程度や持続期間も様々である。

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臨床検査所見

血液生化学検査

特異的なものではないが、細菌による消化管感染症では、一般的に末梢血の白血球数増多、血清CRP増加がみられる。ウイルスによる消化管感染症では、末梢血の白血球減少がみられる症例が多い。また、下痢、嘔吐で水分が失われ、脱水が増悪すれば血清のBUN、クレアチニンの増加が観察されることもある。したがって、これらの検査所見が得られた場合は、消化管感染症も考慮に入れ病原体の検出を試みる必要がある。

画像検査その他

特異的な所見ではないが、組織へ侵入する病原体による消化管感染症では、腹部超音波検査やCT検査で消化管の壁肥厚がみられる。また、組織へ侵入しないがEHECによる腸炎では上行結腸の壁肥厚がみられることはよく知られている。したがって、このような所見が得られた場合は消化管感染症の可能性も考慮に入れ病原体の検出を試みる必要がある。

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確定診断

病原体そのもの、抗原、あるいは遺伝子を感染者から検出して診断する。さらに、血清の抗体を検出して、あるいは急性期に比べて回復期で血清抗体価の明らかな上昇を確認して診断する。細菌性の消化管感染症で最も重要な検査は便の細菌培養検査で、この際には抗菌薬投与前に便を採取することが必要である。多数の患者が同時に発生し検査までに時間を要する場合には、便を綿棒に付着させ保存輸送培地(専用容器が市販されている)に入れ検査室へ送付する。原虫によるものも病原体を便から検出する検査が重要で、この原虫検査は一般の病院でも容易に行うことができる。原虫の栄養型を検出するには、自然排便した便をできるだけ早く顕微鏡で観察する。粘血部があれば、同部を検査に供する。原虫の具体的な検査方法は臨床検査学や寄生虫学の教科書を参照されたい。ウイルスではPCRで遺伝子を検出したり電顕でウイルスを検出する検査が行われる。なお、EHEC O157抗原、EHECのベロ毒素、ロタウイルス抗原、腸管アデノウイルス抗原が迅速診断キットを用いて検出可能であり、臨床現場では有用性が高いと考えられる。

なお、集団発生が疑われる場合は便を冷蔵保存しておくと、後日役に立つことがあると思われる。

サルモネラ

検体の採取、輸送、保存など
  1. 血液
    一般的には患者血液は5〜10mlを正中静脈から無菌的に採取し、後述する液体培地に加えて増菌培養する。
  2. 便
    新鮮なものを採取する。固形便は約1g(母指頭大)、液状便の場合は1ml採取し、1〜2時間以内に培養検査を行う。輸送を要するとき、または、短時間に検査できないときは、綿棒で採取してCary-Blair培地で保存する。
  3. その他の材料
    無菌的に一片を採取し、ホモジナイザーでよく磨砕して培地に接種する。
微生物学的検査方法
  1. 分離培養
    チフス菌・パラチフスA菌を含むサルモネラの分離方法には増菌培養法と直接培養法があり、両者は原則として併用すべきである。
  2. 増菌培養法
    一般のサルモネラには、セレナイトブリリアントグリーン培地、ラバポート・バシリアディス培地を用いる。チフス菌やパラチフスA菌の検出を目的とするときにはセレナイトシスチン培地、セレナイトマンニット培地を使用する。血液には血液培養用ブイヨンを使用する。

    • 検体別培養法(分離培養・増菌培養)
      • 血液
        市販の血液培養用ブイヨンを用いる。ポリアネトール硫酸ナトリウムあるいはアミロ硫酸ナトリウムが添加されているため、抗血液凝固作用、補体不活化作用の他、ある種の抗生物質の作用も不活化するので菌の発育が良好である。
      • 便
        固形便ならば約1g(母指頭大)を、液状便ならば1〜2mlを増菌培地に入れて、よく混和して12〜18時間培養する。その後、選択分離培地上に1白菌耳を塗布する。
      • その他の材料
        少量を増菌培地に入れて、よく混和して12〜18時間培養した後、選択分離培地で培養する。
  3. 直接分離培養法
    • 使用培地
      亜硫酸ビスマス寒天、SS寒天、DHL寒天、血液寒天または普通寒天。
      各選択分離培地の優劣は一概にいえないがチフス菌に対しては亜硫酸ビスマス寒天培地がもっとも高い検出を示す。しかし、パラチフスA菌およびS. Sendaiは、この培地では後述するようなサルモネラの特徴的な集落を作らないので大腸菌等として見逃される可能性が非常に大きいため、SS寒天またはDHL寒天を併用するべきである。
    • 検体別培養法(直接分離培養法)
      • 血液
        血液からの直接分離培養は通常行わない。
      • 大便
        白金耳で直接又は約1g(1ml)を滅菌生食あるいはブイヨン約10mlに均等に浮遊させ、その1〜数白金耳を平板に塗抹する。
      • その他の材料
        細砕した臓器乳剤を1〜数白金耳を塗抹培養する。
    • 分離・同定
      • 集落の観察
        各分離培地上ではチフス菌・パラチフスA菌、その他サルモネラの集落は大腸菌集落と次のようにして区別される。

        1. 亜硫酸ビスマス寒天培地
          チフス菌は黒色集落を作るが大腸菌およびProteus spp.は無色ないし中心部暗色、緑色又は褐色の集落を作る。チフス菌の黒色集落は24時間後ますます黒色度を増し時には周辺集落の培地まで黒色化し金属光沢のある輪で囲まれる。ただし、多くのパラチフスA菌、S. Sendaiのような硫化水素非産生性のサルモネラ集落は大腸菌のそれと鑑別しにくい。硫化水素産生性のサルモネラは黒色または緑灰色のコロニーをつくり、光沢があるものも見られる。本培地の培養時間は48時間である。
        2. SS寒天培地
          大腸菌(乳糖分解菌)はレンガ色の混濁集落を、またチフス菌・パラチフスA菌は無色透明の集落を作る。一般のサルモネラ集落は中心部暗色で(硫化水素産生)、それは時間の経過とともに黒色となる。Citrobacter freundiiもまた黒色集落を作る。
        3. DHL寒天
          乳糖および白糖分解菌はレンガ色の混濁集落を作りかつCitrobacter freundiiでは集落が強く黒色となる。これらに対し、チフス菌の集落はやや小さく無色または中心部のみが黒色で半透明である。パラチフスA菌は硫化水素非産生のため無色の集落を作る。一般の硫化水素産生性のサルモネラは中心部黒色の集落を作る。
      • 同定
        分離培地上にチフス菌・パラチフスA菌を含むサルモネラを疑わせる集落をとって生化学的同定を行う。被検菌がサルモネラであることの決定は生化学的性状により行う。
      • 検査
        チフス菌・パラチフスA菌を含むサルモネラの同定は、生化学的テストと凝集テストによって被検菌を検査する。

        1. 生化学的テスト
          生化学的テストはTSI寒天、SIM培地、リシン脱炭酸テスト用培地、VP−MRブイヨン等の鑑別培地を利用する。TSI寒天培地、SIM培地およびリシン培地は37℃で18時間、またVP−MRブイヨンは25〜28℃で24時間培養する。
          典型的なサルモネラは次の性状を示す。

          • TSI寒天培地 斜面:赤色、高層部:黄色、硫化水素:陽性(チフス菌では、非常に弱いか陰性、パラチフスA菌では陰性)
          • SIM培地 硫化水素:陽性(チフス菌では、非常に弱いか陰性、パラチフスA菌では陰性)、インドール:陰性、運動性:陽性
          • リシン脱炭酸試験培地 陽性(パラチフスA菌では陰性)
          • VP-MR培地 VP反応:陰性
        2. O群別検査
          TSI寒天または普通寒天培地斜面の新鮮培養菌を生理食塩水0.2 〜 0.3 mlに濃厚に浮遊させたものを抗原とする。サルモネラ免疫血清を用いて、O群を決定する。
        3. H抗原の検査
          TSI培地または普通寒天培地の新鮮培養菌の1白金耳を、H抗原用ブイヨン(BHIまたはトリプトソイブイヨン)約4mlに接種し、37℃で6〜8時間培養後、1.0%ホルマリン加生理食塩水を等量加えて抗原とする。抗原は37℃のふ卵器に1時間おき完全に殺菌してから使用する。試験管凝集反応でH抗原を決定する。クレーギー管を使用して2相のH抗原も決定する。
        4. 血清型の決定
          生化学的および血清学的検査の成績(O抗原とH抗原の結果)を総合し血清型を決定する。

赤痢菌

検体の採取、輸送、保存など

新鮮な検体を分離用平板培地に塗抹する。直ちに分離培養を行えない場合は、検体をCary-Blairの培地か、1%塩化ナトリウムを含むグリセリン保存液等の輸送用培地を用いて速やかに検査室へ運ぶ。水を材料とする場合は、なるべく滅菌した容器に大量(2〜3L)に採り、メンブランフィルターを用いて集菌する。

微生物学的検査方法
  • 赤痢菌の分離方法
    1. 分離培養
      分離用平板培地に塗抹して37℃、18~24時間培養する。分離用平板培地としては、(1)SS寒天培地またはデソキシコーレイト・クエン酸塩(DCLS)寒天培地、(2)マッコンキー寒天培地またはDHL寒天培地が用いられる。一部の赤痢菌はSS寒天培地上では発育が抑制されることがあるため、SS寒天培地を用いるときは選択性の弱い(2)の培地を併用することが必要である。

      • 集落の性状
        SS寒天培地を用いた場合、赤痢菌は無色、半透明の小集落を形成する。D群赤痢菌では中心部がややピンク色を帯びることがある。マッコンキー寒天培地上では、赤痢菌は無色、半透明な集落を作る。DHL寒天培地でも赤痢菌は、ほかの分離用培地と同じように無色、透明な集落を作るが、ほかの分離培地におけるよりもやや大きい集落を形成する。
  • 赤痢菌の同定
    1. 生化学的性状
      赤痢菌は腸内細菌の定義に一致する鞭毛を欠く非運動性菌で次の生化学的性状をもつ。ブドウ糖を分解するが、ガスを産生しない。一般的に赤痢菌は乳糖、白糖を分解しないが、D群赤痢菌は乳糖を遅れて分解する。赤痢菌はゼラチンの液化、硫化水素の産生、尿素の分解、アンモニア・クエン酸塩、酢酸ナトリウムおよび粘液酸の利用ができない。また、KCN培地での発育ができず、リシン、アルギニンおよびオルニチン脱炭酸酵素を欠く(ただし、D群赤痢菌はオルニチン脱炭酸酵素が陽性)。

      • TSI寒天培地

      斜面:赤色、高層部:黄色、硫化水素:陰性、ガス:陰性(B群赤痢菌血清型6の菌には、ブドウ糖から少量のガスを産生するものがある。)

      • SIM培地
        硫化水素:陰性、インドール:不定、運動性:陰性、IPA反応:陰性
      • リシン脱炭酸試験培地 陰性
      • VP-MR培地 VP反応:陰性

      以上の確認培地の結果より赤痢菌が疑われたときは、次の血清学的同定を行う。

    2. 血清学的同定法
      • 群別多価抗血清(菌体(O)抗原抗血清)を用いた凝集反応
        TSI寒天または普通寒天培地斜面の新鮮培養菌を生理食塩水0.2 〜 0.3 mlに濃厚に浮遊させたものを抗原とする。
      • スライド凝集反応
        A群およびC群のすべての型ならびにB群赤痢菌2aおよび6にはK抗原が存在する。K抗原をもつ生菌はO難凝集性である。K抗原が存在する場合は、100℃、30分加熱すればO易凝集性となるので、この操作を行ったのち、凝集反応を行う。
        B群多価血清に凝集したものは、まず型血清を用いて型抗原を決め、次に群因子血清を用いて群抗原を決定する。型および群抗原の組み合わせによりB群赤痢菌の血清型を決定する。

img_20091105121342図1 赤痢菌の検査

大腸菌O157

検体の採取、輸送、保存など
  • 食品
    ストマッカーなどでつぶしたものを検体とする。

  • メンブレンフィルターによりろ過しフィルターを検体とする。
  • その他のもの
    ホモジナイザーなどで乳剤にしたものを検体とする。
微生物学的検査法
  • 増菌培養
    ノボビオシン加mEC培地またはBGLB培地を使用し37℃6〜18時間培養する。その後、選択分離培地にて培養する。菌量が直接分離培養に十分あると思われるときは、増菌培養は省略できる。
  • 分離培養
    SMC(Sorbitol MacConkey agar)寒天培地
    SIB(Sorbitol IPA bile agar)寒天培地
    CHROMOagarO157TAM培地
    のいずれかまたは同等なものを使用する。
    分離培地上での腸管出血性大腸菌O157の集落の特徴

    • SMC寒天培地
      腸管出血性大腸菌O157は18〜24時間培養で直径1〜2ミリの円形集落を形成する。腸管出血性大腸菌O157はソルビット非分解の灰白色の集落を形成する。ソルビット分解性のものは、桃色か赤色集落を形成する。
    • SIB寒天培地
      腸管出血性大腸菌O157はソルビット非分解の灰白色の集落を形成する。
    • CHROMOagarO157TAM培地
      腸管出血性大腸菌O157は紫色または藤色の集落を形成する。その他の菌は青色集落を形成する。
    • 生化学性状試験
      分離培地上で疑わしい集落は下記の表に従って生化学性状を検査する。
      試験に使用する培地は以下である。
      オキシダーゼ試験、TSI寒天培地、LIM培地、シモンズのクエン酸培地、VP培地、糖分解試験(ソルビトール、セロビオース)、βグルクロニダーゼ活性テスト
    • 血清学的検査
      生化学性状が腸管出血性大腸菌O157に合うものはO抗原とH抗原の凝集試験を行う。O抗原はスライド凝集試験で行う。H抗原は試験管凝集反応で行う。市販の大腸菌凝集試験用の免疫血清を用いる。
    • 毒素産生性試験
      腸管出血性大腸菌O157の毒素産生性試験は、免疫学的検査、遺伝子検査などさまざまな市販キットがあるのでそれを利用する。イムノクロマト法がもっとも簡易である。
EHEC O157と他の大腸菌の鑑別
TSI寒天 LIM培地 VP
オキシダーゼ 斜面 高層 ガス 硫化水素 リジン インドール 運動性 シモンズクエン酸 ソルビトール セロビオース MUG
EHEC O157 + + + + + +
腸管侵入性大腸菌 (-) + + +
多の下痢原性大腸菌 + + + + + + (+) +

(+):多くは陽性、(-):多くは陰性
MUG:4-methylumbelliferyl beta-D-glucuronide分解性(βグルクロニダーゼ活性テスト)

コレラ菌

検体の採取、輸送、保存など

新鮮な検体を分離用平板培地に塗抹する。直ちに分離培養を行えない場合は、検体をCary-Blairの培地か、1%塩化ナトリウムを含むグリセリン保存液等の輸送用培地を用いて速やかに検査室へ運ぶ。水を材料とする場合は、なるべく滅菌した容器に大量(2〜3L)に採り、メンブランフィルターを用いて集菌する。いずれにしても、コレラ菌は死滅しやすので検体採取後直ちに検査するほうがよい。

微生物学的検査法
  1. コレラ菌の分離方法
    • 増菌培養
      分離培養前に必要であれば増菌培養を行う。増菌培地は、アルカリペプトン水、無塩アルカリペプトン水、Monsurテルライト胆汁酸ペプトン水のうち適切なものを使用する。
      糞便・食品は、直接選択分離培地での培養と増菌培養を併用する。水や汚泥は、増菌培養を行った後分離培地で培養する。
    • 分離培養
      分離用平板培地に塗抹して37℃、18~24時間培養する。分離用平板培地としては、(1)TCBS寒天培地、(2)ビブリオ寒天培地、(3)PMT寒天培地が用いられる。

    分離培地上でのコレラ菌の集落の特徴
    TCBS寒天培地上では、比較的大きい平坦な黄色い集落を形成する。ビブリオ寒天培地上では、青みがかった半透明の集落を形成する。PMT寒天培地上では、TCBS寒天培地上より大きな中心部が褐色の黄色い集落を形成する。

  2. 生化学性状試験
    分離培地上でコレラ菌を疑う集落は生化学性状試験を行いコレラ菌かどうかを確認する。
    TSI培地、LIM培地、マンニット加フェノールレッドブロス、オキシダーゼ試験紙を使用する。

    • オキシダーゼ 陽性
    • 運動性 陽性
    • ONPG 陽性
    • リジン脱炭酸 陽性
    • オルニチン脱炭酸 陽性
    • アルギニン脱炭酸 陰性
    • インドール 陽性
    • ぶどう糖からのガス産生 陰性
    • 白糖発酵 陽性
    • マンニット発酵 陽性
    • イノシット発酵 陰性
    • 無塩ブイヨンでの発育 陽性

    上記の性状を示すものはコレラ菌である。

  3. コレラ菌の同定
    上記の性状を示したものはコレラ菌免疫血清O1抗血清、O139抗血清で凝集試験を行う。また、CT産生性を遺伝子検査、RPLA、ELISAなどの市販キットで検査する。

クリプトスポリジウム

クリプトスポリジウムの診断は検便などでオーシストを検出することによる。通常の塗抹標本観察では確認がむずかしいため、遠心沈殿法や浮遊法、密度勾配遠心法などによりオーシストの濃縮精製を行い得られた試料をさらに蛍光抗体染色、抗酸染色、ネガティブ染色などの染色標本を作製し観察すると、検出の感度もよくなる。ショ糖遠心浮遊法が比較的簡便であり、それで得られた試料をそのまま顕微鏡で観察してもよい(この方法が一般の臨床現場で広く行われている)。

検体の採取、輸送、保存など
  • 検査材料の採取
    検査材料を試験管、蓋付採便管などに数グラム採取する。検査までに時間を要するときは検体を冷蔵保存、さらに長期間保存する場合は10%ホルマリン溶液で固定する。
  • 濃縮・精製
    (1)遠心濃縮法、(2)密度勾配遠心、(3)ショ糖浮遊法のいずれかの方法で濃縮精製する。
微生物学的検査法(染色および観察)
  1. 直接観察
    試料の希釈液または、精製試料をスライドグラスに取りカバーグラスを書ける。カバーグラスの四隅をシールして微分干渉顕微鏡で観察する。通常の生物顕微鏡では内部構造の観察は困難である。オーシストは類円形でその大きさは4.5〜5.4×4.2〜5.0μmでオーシスト内には4個のスポロゾイドや残体、その他に代償の顆粒が見られる。
  2. 蛍光抗体染色
    特異的蛍光抗体と反応させる。その後、DAPIで核を染色する。蛍光顕微鏡で観察したときのオーシストの染色パターンは、周辺部のみ蛍光を発し中心部の蛍光は認められず、ドーナツ状の染色像となる。UV励起では、オーシスト中にスポロゾイドの核が見られる。
  3. ネガティブ染色
    スライドグラス上に試料を少量取り、メチレンブルー染色液を加えて攪拌する。カバーグラスをかけてシールしてから生物顕微鏡を用い100〜200倍で観察する。細菌酵母、その他のごみは、メチレンブルーに染まるがオーシストは染まらない。青色の背景の中に無色のオーシストが浮いて見える。
  4. 抗酸染色
    スライドグラス上に試料を薄く塗布して風乾する。メタノールで固定し、Kinyounの石炭酸フクシンで5分間染色。50%エタノールで洗浄。1%硫酸水で2分間脱色。レフレルのアルカリ性メチレンブルーで1分間染色する。乾燥後、封入し観察する。オーシストは淡いピンク色から赤色さらに濃赤色に染まる。
  5. ヨウ素・ヨウ化カリ染色
    精製試料を1.5mlサンプルチューブに取る。試料の2〜3分の1のヨウ素・ヨウ化カリ液を加えて1〜2分間熱湯で湯煎する。試料をスライドグラスに取りカバーグラスをかけてシール後観察する。オーシストの内部は褐色に染色される。

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治療

薬物療法(抗菌薬療法)

消化管感染症には自然治癒する疾患が多い。従って、細菌による消化管感染症であってもあるいはそれが疑われる場合であっても、また、それらがバイオテロで発生した場合でも抗菌薬の投与が必須とは限らない。無投薬で、あるいは乳酸菌製剤や酪酸菌製剤を経口投与して経過を観察してもよい場合が多いと思われる。しかし、もし必要があり抗菌薬を投与する場合は、現在は抗菌力の強さと良好な組織移行などから、一般的にempiric therapyとして成人ではニューキノロン薬、小児ではホスホマイシン(5歳以上の小児ではノルフロキサシンも可)の経口投与がよいと考えられる。ただし、腸管出血性大腸菌O157感染症への抗菌薬の投与には異論もみられる。カンピロバクター腸炎を強く疑う例ではマクロライド系抗菌薬を投与する。症状が重症あるいは菌血症が疑われるものでは抗菌薬を投与する。重症と考える目安の1例として、38℃以上の発熱、1日10回以上の下痢、血便あるいは水様便、強い腹痛、嘔吐のうち、下痢項目を含む2項目以上がみられる場合がある。表1に細菌性の成人消化管感染症に対する抗菌薬の投与例を示した。なお、腸炎を引き起こす細菌がバイオテロで使用される場合は薬剤耐性菌が使用される可能性が高いと推測され、薬剤感受性検査の結果抗菌薬の投与内容を変更する必要もあると思われる。

ウイルス性の消化管感染症と判明したならば、あるいはウイルス性消化管感染症が疑われた場合は、無投薬あるいは乳酸菌製剤や酪酸菌製剤の投与で経過を観察する。

寄生虫による腸管感染症では、原因病原体を明らかにしてそれに有効な薬剤を使用する。赤痢アメーバ症(アメーバ赤痢)、ジアルジア症ではメトロニダゾールがまず選択される表2に成人の代表的な腸管寄生虫症に対する抗寄生虫薬の投与例を示した。 免疫能が正常な人では、クリプトスポリジウム症は通常自然治癒する。

表1. バイオテロとして考えられる成人の細菌性腸管感染症に対する抗菌薬投与の1例
原因疾患 使用薬 1回投与量 1日投与回数 投与法 投与日数
原因病原体不明の場合に開始 1. ニューキノロン薬 (1)を参照 3
2. ホスホマイシン 500mg 4 経口投与 3
サルモネラ腸炎、下痢原性大腸菌腸炎*、細菌性赤痢、プレジオモナス腸炎、エロモナス腸炎 など 1. ニューキノロン薬 (1)を参照 5
2. ホスホマイシン 500mg 4 経口投与 5
カンピロバクター腸炎 マクロライド薬 (2)を参照 5
コレラ 1. ニューキノロン薬 (1)を参照 3
2. ホスホマイシン 500mg 4 経口投与 3
3.ミノサイクリン 100mg 2 経口投与 3
腸チフス・パラチフス 1. ニューキノロン薬 (3)を参照 14
2. クロラムフェニコール (4)を参照 (4)を参照
3. ST合剤 2,000mg 2 点滴静注 14
4. セフトリアキソン 1,000mg 1 点滴静注 14

*腸管毒素原性大腸菌(ETEC), 腸管病原性大腸菌(EPEC), 腸管出血性大腸菌(EHEC), 腸管侵入性大腸菌(EIEC), 腸管凝集性大腸菌(EAEC).
**保険適用外.
(1)ノルフロキサシン 200mg(3), シプロフロキサシン 100または200mg(3), スパロフロキサシン 100mg(2), トスフロキサシン 150mg(3), レボフロキサシン 300mg(1): いずれも経口投与.
(2)エリスロマイシン 200mg(4), クラリスロマイシン 200mg(2), ロキタマイシン 200mg(3): いずれも経口投与
(3)ノルフロキサシン 400mg(3), シプロフロキサシン 200mg(3), スパロフロキサシン 200mg(2), トスフロキサシン 300mg(2), レボフロキサシン 200または300mg(2): いずれも経口投与
(4)500mg(6時間ごと1日4回 経口投与)を解熱後2日目まで、ついで250mg(6時間ごと1日4回経口投与)を解熱後14日目まで

表2. バイオテロとして考えられる成人の寄生虫性腸管感染症に対する抗寄生虫薬投与の1例
原因疾患 使用薬 1回投与量 1日投与回数 投与法 投与日数 備考
赤痢アメーバ腸炎(アメーバ赤痢) 1. メトロニダゾール* 250mg 4 経口投与 10
500mg 3 経口投与 10
2. チニダゾール 1,200~2,000mg 3 経口投与 10 (1)を参照
3. ジロキサニドフロエイト** 500mg 3 経口投与 10 (2)を参照
ジアルジア症 1. メトロニダゾール 250mg 4 経口投与 10
500mg 3 経口投与 10
2. チニダゾール 200mg 2 経口投与 10 (3)を参照
クリプトスポリジウム症 (4)を参照
サイクロスポーラ症 ST合剤 (5)を参照 7~10

*重症患者用に静注薬もある。静注薬は『熱帯病に対するオーファンドラッグ開発研究』班から入手可能(連絡先:東京大学医科学研究所感染免役内科 中村哲也 医師)。** 『熱帯病に対するオーファンドラッグ開発研究』班から入手可能。 ***保険適用外
(1)1日1回2,000mgを3日間あるいは1日2回(1回1,000mg)を3日間経口投与する方法もある
(2)無症候性シスト保有者に投与する
(3)1日1回2,000mgを1日経口投与する方法もある
(4)免疫能が正常な人では自然治癒するため抗原虫薬は不要である(ただし、脱水に注意)
(5)400mg/回のスルファメトキサゾール(S)と160mg/回のトリメトプリム(T)を1日2回経口投与

表3. 小児投与量(成人の最大量は越えない)
ノルフロキサシン 10〜15mg/kg/日 分3
エリスロマイシン 30〜50mg/kg/日 分4
クラリスロマイシン 10〜15mg/kg/日 分2
ホスホマイシン 60〜80mg/kg/日 分4
ミノマイシン 2〜4mg/kg/日 分2
メトロニダゾール 30〜60mg/kg/日 分3

その他治療上の留意点

原因病原体の種類を問わず、腸管感染症では下痢や嘔吐で脱水に陥る可能性がある。また、脱水から腎不全に至ることもあり、脱水を防止する目的で経口的に水分摂取を勧める。経口摂取不充分な症例や不能症例では経静脈的な補液を行う。特に高齢者では注意が必要である。

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予防(ワクチン)

サルモネラ

経口ワクチンが開発中である。UDP-galactose epineraseに欠陥のあるgalE変異弱毒株 (Ty21a)が感染防御効果があるが、Ty21aは大量に数回投与する必要があり,ヒトに病原性があるgalE変異株も見つかり安全性の問題がある。一方,芳香属環の生合成に必須なaroA遺伝子を不活化した弱毒性のaroA変異株ワクチンが作られている。aroA変異株CVD908は一回の経口投与でTy21aに比較して100倍もの高い免疫原性があると報告されている。このCVD908株を元の作られたワクチン株は現在、野外実験を行っており使用に十分耐えうるワクチンとして期待できる。

赤痢菌

予防ワクチンはない。赤痢菌のリボゾームを用いたワクチンでは実験動物で効果が認められている。最近,赤痢菌の上皮細胞への侵入性と細胞内および隣接細胞への拡散のメカニズムが明らかとなり,これらの研究の進展に伴いハイブリッドワクチン,栄養要求変異株,病原遺伝子変異株などをデザインしたワクチン開発が行われている。経口生菌ワクチンでは侵入性欠失株,および侵入性を保ったまま弱毒化した株が開発されつつある。

大腸菌O157

毒素原性大腸菌は線毛性の定着因子を持ち,これを介して腸管粘膜上皮細胞に付着し,粘膜上皮上で増殖し毒素を産生し,この毒素が粘膜上皮に作用して下痢を起す。動物実験で定着因子(CFA)に対するワクチンがある程度の効果があることが証明されたが、ヒトに対するワクチンはまだ実用化されていない。

コレラ菌

現行のワクチンの予防効果は短く、6ヶ月以下であり、効果率も50〜60%である。初回接種(0.5 ml)5〜7日後に2回目接種(1.0 ml)さらに6か月以内追加接種(0.5 ml)する。A,B両サブユニットからなるコレラ毒素のAサブユニットがアデニル酸シクラーゼを活性化し異常な下痢へ導き、コレラ菌自身は腸管粘膜上で定着増殖するのみで一般に細胞侵入はない。したがってコレラ毒素を産生しないコレラ菌(とくにA−B+)は即生菌経口ワクチンになる可能性がある。コレラ毒素の構造遺伝子(ctx)を欠失させた種々のワクチン候補株が開発されている。

クリプトスポリジウム

ワクチンはない。成分ワクチンやDNAワクチンが開発されている。

バイオハザード対策

汚染の可能性があるものに触れた際には手袋の有無にかかわらず手洗いをする。汚染の可能性があるものに触れる際には手袋を着用する。処置やケアの際に感染性の‘水はね’や‘しぶき’を生じる際にはマスクやゴ-グル、フェ-スシ-ルドを適宜使用する。衣類の汚染を避けるためにガウンを着用する。汚染されている可能性のある器具を取り扱う際には二次汚染に注意するなど、標準予防策を遵守する。

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参考文献

  1. Butterton JR, Calderwood SB:Acute infectious diarrheal diseases and bacterial food poisoning. In:Harrison’s principles of internal medicine(eds by Hauser K, et al), p754-759, McGraw-Hill, New York, 2005.
  2. Fry AM, Braden CR, Griffin PM, Hughes JM:Foodborne disease. In:Principles and practice of infectious diseases(eds by Mandell GL, et al), p1286-1301, Elsevier, Philadelphia, 2005.
  3. Weinstein RS, Alibek:Biological and chemical terrorism, Thieme, New York, 2003.
  4. 生物化学テロ災害対処研究会:生物化学テロ対処ハンドブック, 診断と治療社, 東京, 2004.

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2009年11月10日 16時08分 改訂