病原体の特徴
ダニ媒介脳炎は、フラビウイルス科フラビウイルス属に属するダニ媒介脳炎ウイルスにより引き起こされる疾患である。ロシア北方やシベリアなどに分布して発症が報告されているロシア春夏脳炎と、中央ヨーロッパを中心とするヨーロッパ諸国で報告されている中央ヨーロッパダニ媒介脳炎の2つに分けられる。どちらも同じウイルスだが、サブタイプが若干異なっており、症状や経過や予後などが異なる。世界では年間1万人前後の報告があり、国内でも北海道で患者発生の報告がある。自然界では、マダニとげっ歯類の間で感染環が維持されており、その他にいくつかの哺乳類も感染環に関与していると考えられる。また、マダニ間は経卵伝播もある。ウイルスに感染しているマダニにヒトが刺咬されることでヒトに感染する。その他にウイルスに感染しているヤギの乳を飲用することでも感染する。
主な臨床像
中央ヨーロッパダニ媒介脳炎は7~14日の潜伏期間の後、発熱・筋肉痛などのインフルエンザ様症状が出現する2~4日程度続き回復する(第Ⅰ期)。しかしその後、約20~30%では脳炎や髄膜炎・髄膜脳炎を来たす第Ⅱ期に入る。第Ⅱ期の主な症状としては、発熱の他に痙攣や眩暈や知覚異常を呈する。致死率は1~5%程度であり、回復例の10~20%以上に神経学的後遺症を残す。ロシア春夏脳炎では、7~14日間の潜伏期間の後、突然の頭痛・発熱・悪心・羞明が出現し、その後は中央ヨーロッパダニ媒介脳炎のように二相性の経過を取らずに脳炎を発症する。初期症状のみで脳炎を発症せずに回復するケースもある。脳炎発症時の症状は精神錯乱などの精神症状の他に痙攣や昏睡などがみられる。脳炎発症後の致死率は15~20%で、脳炎からの回復例では30~40%に神経学的後遺症を残す。
臨床検査所見
特異的な所見はない。
確定診断
血液あるいは髄液中のPCR法によるウイルス遺伝子の検出、あるいはIgMの検出、またはペア血清による中和抗体の上昇を確認する。
治療
特異的な治療法はなく、対症療法が中心となる。
予防(ワクチン)
流行地域では、マダニに咬まれないように注意する。また流行地でのヤギの乳は加熱してから飲用する。海外では予防のためのワクチンや、暴露後発症予防のためのグロブリンも開発されているが、国内ではいずれも未承認である。
バイオハザード対策
患者の隔離
標準予防策を徹底する。ダニ媒介脳炎ウイルスの取り扱いは、P3実験施設BSL3の取り扱い基準に従って実施することになっている。(国立感染症研究所規定より)
参考文献
- 東京都福祉保健局、西部ウマ脳炎、東京都新たな感染症対策委員会 監修、東京都感染症マニュアル、p276-7、2009
- 大松 勉 高崎智彦 倉根一郎、感染症法改正で新たに追加された急性脳炎をおこす4類感染症、IASR Vol. 28 p. 350-351: 2007年12月号、http://idsc.nih.go.jp/iasr/28/334/dj3347.html
- 感染症診療スタンダードマニュアル 羊土社 P.219-220
- CDC , Special Pathogens Branch : Tick-borne Encephalitis, http://www.cdc.gov/ncidod/dvbid/arbor/arbdet.htm
- 高島 郁夫. “ダニ媒介性脳炎” 木村 哲,喜田 宏 編集, 人畜共通感染症 2004, 医薬ジャーナル,P98-100,
- 高島 郁夫. “ダニ媒介性脳炎” 神山 恒夫, 山田 章雄, 動物由来感染症 2009, 真興交易医書出版部,P97-100.
- 国立感染症研究所、国立感染症研究所病原体等安全管理規定、http://www.nih.go.jp/niid/Biosafety/kanrikitei3/kanrikitei3_0904.pdf、2009年4月
- 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第12条第1項および第14条第2項に基づく届け出の基準について、厚生労働省健康局結核感染症課長通知、2006年3月
- Reinhard Kaiser. “Tick-Borne Encephalitis” Infect Dis Clin N Am 2008;22:561-75.