病原体の特徴
病原体の特徴吸器症候群である。MERS-CoVはヒトコブラクダを自然宿主とするコロナウイルスであり、ヒトで一般的な風邪症状を起こすコロナウイルスより、系統的にはコウモリのコロナウイルスに近い。細胞の受容体はDPP4であり、ヒトの細胞に対する感染性を見た報告では、上気道より下気道に親和性が高い。感染経路は飛沫感染、接触感染である。ヒトコブラクダとの濃厚接触に加え、限定的なヒト―ヒト感染も起こしうる。
疫学
MERS-CoVは2012年に肺炎で死亡したサウジアラビアの患者から最初に分離され、現在まで中東諸国を中心に2,400例を超える症例が報告されている。また、渡航者の発症は世界的に報告されている。韓国やサウジアラビアでは院内感染による大規模なクラスターも報告されている一方で、中東諸国を除いて持続的な流行は起こっていない。韓国の院内感染などを元に、スーパースプレッダーにおける実行再生産数 (R0)は2.0–7.0程度と見積もられているが、一般のヒト―ヒト感染におけるR0は0.60–0.69程度と低く、ヒトコブラクダが生息している中東諸国以外では、流行が持続しない要因と考えられる。サウジアラビアであっても、一般集団における抗体保有率は0.15%程度である。
主な臨床像
潜伏期間は中央値5日程度 (2–14日)である。発熱、咳嗽、悪寒・戦慄、筋肉痛、関節痛などから始まり、急速な肺炎像を呈することが多く、死亡率は34%程度と報告されている。頻度は高くないが、悪心、下痢、腹痛など消化器症状を認めることもある。一方で、無症状者や軽症例も20%程度はいるとされる。院内感染事例からもわかるように、高齢者や基礎疾患がある患者では重症化しやすく、注意が必要である。
臨床検査所見
特徴的な検査所見はないが、リンパ球減少、血小板減少、AST、ALT、LDHの上昇などが見られる。急速に腎不全が進行する症例や、播種性血管内凝固に至る症例もあり、注意が必要である。
画像検査では有症状者のほとんどに肺炎所見を認め、CTでは浸潤影よりもすりガラス影が主体であることが多い。
確定診断
流行地域渡航後14日以内に肺炎を発症した患者、14日以内にMERS患者やヒトコブラクダとの接触があり呼吸器症状をきたしている患者など、MERSを疑った場合には、最寄りの保健所に連絡し、対応について相談するのが望ましい。詳細は厚生労働省のホームページを参照されたい。
確定診断は検体からのPCR検査で診断される。下気道の方がウイルス量は多く検出感度が高いが、喀痰や気管支鏡検体などの下気道検体が得られない場合も多く、疑い症例では少しでも診断の確率を高めるため、咽頭ぬぐいなどの上気道検体も活用する。
治療
特異的な抗ウイルス療法はない。ロピナビル/リトナビル+インターフェロンβ-1b、リバビリンなどの臨床研究が試みられている。ステロイド治療については死亡率の低下を示せず、ウイルスのクリアランスが遅延したことから、現在のところ推奨されていない。
予防
ワクチンはない。流行地域に渡航する場合、ヒトコブラクダと接触の可能性を避ける、接触前後でのマスク、手洗いなどの予防策が検討される。また、加熱が不十分なラクダの乳製品や肉類は感染の危険があり、摂取を避ける。
バイオハザード対策
MERS-CoVがバイオテロに用いられた事例はない。前述したとおりMERS-CoVは一般的な実行再生産数は低い。さらに、SARS-CoV2流行下でマスク着用、手洗いなどの感染対策が一般に広く実施されている状況では、仮にバイオテロとして用いられたとしても、爆発的な感染の広がりは起こりづらいと考えられる。
一方で、バイオテロに限らず、MERS-CoVも今後変異してヒトへの親和性が上がる可能性は考えられる。また、今後も動物由来の新興感染症の流行が起こる可能性は十分考えられ、原因不明の肺炎に対するサーベイランスシステムを整備していくことが肝要と考えられる。
感染症法による取り扱い
二類感染症に指定されており、診断後直ちに報告する。
参考文献
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厚生労働省.中東呼吸器症候群(MERS)についてhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers.html